十七條憲法

日本書紀に記載され、推古帝の御代、聖徳太子がまとめられた。ここにその後の日本人の規矩が全て凝縮されています。役人や貴族のために書かれたように見えますが、時代背景に思い致せば昔も今も変わらぬ国のあり方を明瞭に示しています。単純な勧善懲悪ではなく、調和を重んじる日本人の原点、恐らくは縄文時代より育まれた精神がこの時代七世紀はじめに文書として纏められたと考えます。神道は上古からの日本人の生活習慣そのものであり、宗教とは違います。それを前提として造られたことを念頭において読むとよくわかります。
 さらに我々はこの簡潔明寮な憲法がおよそ千四百年前に書かれたことに思い致すべきなのです。これだけの憲法を書けるということはそれまでの時代に既にその下地となる文化文明が日本で連綿と育まれていたということを意味しています。

日本の大変革の時代、皇紀1305年(大化元年/西暦645年) 乙巳(イツシ)の変に始まる大化の改新が成される少し前、皇紀1264年(推古12年/西暦604年)に纏められました。


「十七條憲法」

第一條「以和為貴」和をもって貴しとなす

 和を大切にし、諍(アラソ)いをせぬようにせよ。人は皆それぞれ仲間があるが、全くよく悟った者も少ない。それ故(ユエ)君主や父に従わず、また隣人と仲違いしたりする。けれども上下の者が睦まじく論じ合えば、おのずから道理が通じ合い、どんなことでも成就するだろう。

第二條「篤敬三寶」あつく三宝(仏法僧)を敬え

 篤く三宝を敬うように。三宝とは仏・法・僧である。仏教はあらゆる生きものの最後のよりどころ、全ての国の究極のよりどころである。いずれの世、いずれの人でもこの法をあがめないことがあろうか。人ははなはだしく悪いものは少ない。よく教えれば必ず従わせられる。三宝によらなかったら、何によって邪(ヨコシマ)な心をただそうか。

第三條「承詔必謹」みことのりを受けては必ずつつしめ

 天皇の詔(ミコトノリ)を受けたら必ず謹んで従え。君を天とすれば、臣は地である。天は上を覆い、地は万物を載せる。四季が正しく移り、万物を活動させる。もし地が天を覆うようなことがあれば、秩序は破壊されてしまう。それ故に君主の言を臣下がよく承り、上が行えば下はそれに従うのだ。だから天皇の命をうけたら必ずそれに従え。従わなければ結局自滅するだろう。

第四條「以禮為本」うやまうことを根本とせよ

 群卿(大夫)百寮(各役人)は礼をもって根本の大事とせよ。民を治める根本は必ず礼にある。上に礼がないと下の秩序は乱れ、下に礼がないときは、きっと罪を犯す者が出る。群臣に礼のあるときは、秩序も乱れない。百姓(オオミタカラ)に礼のあるときは、国家(アメノシタ)もおのずから治まるものである。

第五條「絶餐棄欲」むさぼりを絶ち欲を棄てよ

 食におごる(貪り喰らう:むさぼりくらう)ことをやめ、財物への欲望を捨て、訴訟を公明に裁け。百姓の訴えは一日に千件にも及ぼう。一日でもそれなのに、年を重ねたらなおさらのことである。この頃訴訟を扱う者が、利を得ることを常とし、賄賂をうけてから、その申立てを聞く有様である。つまり財産のある者の訴えは、石を水に投げ込むように、必ず聞き届けられるが、乏しい者の訴えは、水を石に投げかけるようなもので手ごたえがない。このため貧しい者はどうしようもない。臣としての役人のなすべき道も失われることになる。

第六條「懲悪勧善」悪をこらしめ善を勧めよ

 悪をこらし善を勧めるのは、古(イニシエ)からのよい教えである。それ故、人の善は隠すことなく知らせ、悪を見ては必ず改めさせよ。へつらい欺(アザム)く者は国家(アメノシタ)を覆(クツガエ)す鋭い道具のようなもので、人民を滅ぼす鋭い剣とも言える。またこびへつらう者は、上に向っては好んで下の者の過ちを説き、下にあえば上の者の過失をそしる。これらの人はみな、君に忠義の心がなく、民に対して仁愛の心がない。これは大きな乱れの元となるのだ。

第七條「人各有任」人各々任あり

 人には各々任務がある。司(ツカサド)ることに乱れがあってはならぬ。賢明な人が官にあれば、褒めたたえる声がすぐ起きるが、よこしまな心をもつ者が官にあれば、政治の乱れが頻発する。世の中に生れながらにして、よく知っている人は少ない。よく思慮を重ねて聖(ヒジリ)となるのだ。事は大小となく、人を得て必ず治まるのである。時の流れが速かろうが遅かろうが、賢明な人に会った時、おのずから治まるのである。その結果国家は永久で、世の中は危険を免れる。だから古の聖王は、官のために立派な人を求めたのであり、人のために官を設けるようなことをしなかった。

第八條「早朝晏退」朝早く出仕し遅くに退せよ

 群卿や百寮は早くに出仕し、遅く退出するようにせよ。公務はゆるがせにできない。一日中かかってもやりつくすのは難しい。それ故遅く出仕したのでは、急の用に間に合わない。早く退出したのでは必ず業務が残ってしまう。

第九條「信是義本」まことはことわりの元なり

 信は道義の根本である。何事をなすにもまごころを込めよ。事のよしあし成否の要はこの信にある。群臣が皆まごころをもってあたれば、何事も成らぬことはない。群臣に信がないと、万事ことごとく失敗するだろう。

第十條「絶忿棄瞋」心の怒りを絶ち表の怒りを棄てよ

 心の怒りを絶ち、顔色に怒りを出さぬようにし、人が自分と違うからといって怒らないようにせよ。人は皆それぞれ心があり、お互いに譲れないところもある。彼が良いと思うことを、自分はよくないと思ったり、自分がよいことだと思っても、彼の方はよくないと思ったりする。自分が聖人で、彼が必ず愚人ということもない。共に凡人(タダヒト)なのだ。是非の理を誰が定めることができよう。お互いに賢人でもあり愚人でもあることは、端のない環のようなものだ。それ故相手が怒ったら、自分が過ちをしているのではないかと反省せよ。自分一人が正しいと思っても、衆人の意見も尊重し、その行うところに従うがよい。

第十一條「明察功過」功過を明らかに察せよ

 官人の功績・過失ははっきりと見て、賞罰は必ず正当に行え。近頃、功績によらず賞を与えたり、罪がないのに罰を行ったりしているのがあり、事に当たる群卿は、賞罰を公明に行わねばならぬ。

第十二條「国非二君」国に二君なし

 国司(クニノミコトモチ)や国造(クニノミヤツコ)は百姓から税を貪(ムサボ)ってはならぬ。国に二人の君はなく、民に二人の主(アルジ)はない。国土のうちの全ての人は、皆王(キミ:天皇)を主としている。仕える役人は皆王の臣である。どうして公のこと以外に、百姓から貪(ムサボ)りとってよいであろうか。

第十三條「同知職掌」諸々の官に任ずる者は同じく職掌を知れ

 各々の官に任ぜられた者は、みな自分の職務内容をよく知れ。或いは病のためあるいは使いのため、事務をとらないことがあっても、職場についたときには、以前からそれに従事しているのと同じようにし、自分はそれにあずかり知らぬと云って、公務を妨げてはならぬ。

第十四條「無有嫉妬」嫉妬あるなかれ

 群臣や百寮はうらやみねたむことがあってはならぬ。自分が人をうらやめば、人もまた自分をうらやむ。うらやみねたむ弊害は際限がない。人の知識が己に優る時は喜ばず、才能が己に優る時はねたむ。こんなことでは五百年にして一人の賢人に会い、千年に一人の聖人の現れるのを待つのも難しいだろう。賢人聖人を得ないで何をもって国を治められようか。

第十五條「背私向公」私に背き公に向え

 私心を去って公に尽すのは臣たる者の道である。全ての人が私心のある時は、必ず他人に恨みの心を起させる。恨みの心がある時は、必ず人の心は整わない。人々の気持ちが整わないことは、私心をもって公務を妨げることになる。恨みの気持ちが起れば制度に違反し、法を破ることになる。第一の章(クダリ)に述べたように、上下相和し協調するようにといったのも、このような気持ちからである。

第十六條「古之良典」古(イニシエ)の良典を用いよ

 民を使うに時をもってするというのは、古(イニシエ)の良い教えである。それ故に冬の月(十月から十二月)に暇があれば、民を使ってよい。春より秋に至るまでは農耕や養蚕のときである。民を使うべきでない。農耕をしなかったら、何を食えばよいのか。養蚕をしなかったら何を着ればよいのか。

第十七條「不可独断」独断不可、「逮論大事 若疑有失」大事な論に及びては過ちあることを疑え

 物事は独断で行ってはならない。必ず衆と論じ合うようにせよ。些細なことは必ずしも皆に諮らなくてもよいが、大事なことを議する場合には、誤りがあってはならない。多くの人々と相談し合えば、道理にかなったことを知り得る。